京都地方裁判所 昭和55年(ヨ)630号 判決 1980年10月13日
申請人 村上与三次
<ほか六名>
右申請人ら七名訴訟代理人弁護士 折田泰宏
同 深尾憲一
被申請人 深田金之輔
被申請人 株式会社かねわ工務店
右代表者代表取締役 田丸政則
右被申請人ら両名訴訟代理人弁護士 猪野愈
主文
申請人らの本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。
申請費用は申請人らの負担とする。
理由
第一
一 申請の趣旨
被申請人らは、別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)上に建築中の同目録記載の建物(以下、本件建物という。)につき、平面を別紙図面(一)の赤斜線部分、北側の側面を同図面(二)の赤斜線部分、南側の側面を同図面(三)の赤斜線部分で特定される部分及び屋上庇部分建築工事を中止して続行してはならない。
二 申請の趣旨に対する被申請人らの答弁
主文同旨
第二
一 申請の理由
1 申請人らは、本件土地上に建築中の本件建物の北側の土地をそれぞれ所有し、かつその地上に平家ないし二階建の家屋を所有し、これに居住している。
その位置関係は、別紙図面(四)記載のとおりである。
2 ところで、被申請人深田金之輔は、建築主として昭和五五年四月一八日から本件建物の建築に着手し、現在その一部を完成しているものであり、被申請人株式会社かねわ工務店(以下、かねわ工務店という。)は、右建築工事の施工業者である。
3 本件建物が完成すると、申請人らは、その所有地の日照の利益を著しく阻害され、それは受忍限度を超えたものである。
その事情は、次のとおりである。
(一) 本件土地は工業地域内にあるが、工業地域が住居地域に突き出た一角にあたり、右土地から四メートル道路を隔てた西側は住居地域とされ、付近には五階以上の高層建物はなく、本件建物のような五階建かつ六〇・八メートルに及ぶ横長の建物が許されるような地域性を有せず、地域住民は、実質的には住居地域水準の日照通風を享受してきた。
(二) 本件土地は、従前から小作地として田畑に使われていたものである。そのため、申請人らはいずれも居住時から十分な日照、通風の権利を享受してきたものであるところ、本件建物が完成すると申請人らに対する日照、通風は著しく阻害されることになる。
その予測される被害は次のとおりである(いずれも冬至を基準としたもので、一階の場合は、地上から一・五メートル、二階の場合は地上から四メートル地点の測定である。)
(1) 申請人村上与三次
昭和三九年一〇月一一日から現住所に居住しているが、昭和五三年一一月二日に現在の二階建家屋を新築し、一階の南西、二階の東南、西南の開口部からの日照、通風を享受してきたが、本件建物により二階開口部において午前一〇時までの二時間日照が得られるはずであるが、東側の二階建田中・川地宅(以下、本件外建物ともいう。)の日照が午前九時四〇分まであるため、結局、午前九時四〇分から同一〇時までの二〇分間日照があるだけである。その他の開口部は終日日影となり、洗濯の干し場にも困ることになる。
(2) 申請人山口義彦
昭和五三年九月ごろ建売住宅であった住居を購入して居住したものであるが、この住宅は南面の開口部はないが、東、西の開口部から十分の日照、通風が得られている。本件建物が完成すると、二階西の開口部は午前九時五分まで、同東の開口部は同一〇時三五分まで日照があるが、前述の田中・川地宅の日影と競合するため、結局、同西の開口部において五〇分、同東の開口部において僅か二〇分の日照があるにすぎず、その他は終日日影となり、この日照、通風の阻害により、同申請人が小さいながらも心の安らぎの場としている西側の庭の植物及び東側ベランダの鉢植が育たなくなることが明らかであり、また、母山口はるは肝炎、胃潰瘍の病気で寝たり起たりの毎日で、工事中の騒音、振動、日照、通風が得られないことによる健康への影響が大きい。
(3) 申請人金玉緑
同申請人の家族は、夫柳川敏雄の他四人の子供の大家族であるが、夫はこの住所地に生れ育った人であり、家屋は昭和五年からの建物である。この家屋は、従来一部を賃貸していたが、子供が大きくなるにつれてほとんど全部を同申請人方で使用するようになり、全ての部屋が南面し、十分な日照、通風の恩恵を受けていた。ところが、本件建物によって午前八時から午後四時までの日影が生じ、日照、通風の被害が著しい。なお、柳川敏雄は、肺結核で自宅療養中の身であり、工事中の騒音、振動並びに日照、通風阻害による健康への影響は大きい。
(4) 申請人江村武雄
昭和二年から肩書住所地に居住し、同地に生れ育ったものである。家屋は平屋であるが、南側の開口部から日照、通風の恩恵を受けており、南側には多数のつつじ等の鉢植植物を並べ、心の糧としているが、本件建物により午前八時五〇分から午後四時まで日影被害を受け、右植物が枯死してしまう可能性がある。
(5) 申請人山田幸二
昭和一九年から肩書住所地に居住し、昭和五〇年二月に自己の敷地の南側に離れを新築したが、本件建物により、右建物が午前八時から同一〇時三〇分まで日影となり、日照、通風の被害を受けるものである。
(6) 申請人中川三之助
昭和一三年四月から肩書住所地に居住し、家族六名が同居している。本件建物により、二階西の開口部では午前一二時から午後二時までの二時間、同南の開口部では、前記田中・川地宅との競合日影をあわせると午前九時一〇分から午前一一時五〇分までの二時間四〇分しか日照が得られなくなり、二階の東面、南面の開口部からの日照、通風が阻害されることになる。
(7) 申請人池永竜一
同申請人の居住している土地建物は、昭和七年から居住している祖父池永得水の所有であるが、同申請人は、右建物で染色工場を営んでいる。本件建物により右建物は二階東の開口部において、田中・川地宅の競合日影をあわせると午前八時から同二五分までと、午前一〇時五〇分から一二時までの間日照が得られるだけであり、同一階では午前八時から二五分だけ日照があり、その他の開口部では全く日照時間がなく、終日日影となり、東、南、西の各間の開口部の日照、通風が阻害されるが、同申請人の場合建物の東半分は染工場であり、そこで染めあがった反物はできるだけ自然の日照、通風により乾燥させており、今後、右日照、通風が阻害されることによる営業被害は甚大である。
4 被申請人深田金之輔が建てようとしている本件建物は、マンションであって公共性のある物件ではない。
被申請人らは、本件建物を建築するについて、申請人らの被害を軽減するために、規模を縮少しないまでも全体を南へずらすとか、あるいは屋根を斜めに削るとかの手段を講じることができたはずである。申請人らは、早くから被申請人らと協議を重ね再考を求めてきたが、被申請人らは建物を南側にずらすことを言明しながらこれを実行しないで工事を進め、僅かに屋上の庇をとる予定であることを通告してきただけで、真摯に加害の回避に努力したものと認められない。
5 申請人らは、被申請人らに対し日照、通風等の妨害に基づく本件建物の建築行為差止の本案訴訟提起の準備中であるが、本訴の結果を待っていては工事が完成し、たとえ申請人らが後日勝訴判決を得ても回復し難い損害を被るので本申立に及んだ。
6 なお、申請人らあるいはその代理人が被申請人らの工事の続行を承認した事実は全くないし、また、申請人らが、被申請人らに対し金銭補償の要求をしたことはあるが、これも被申請人らの本件建物の建築を承認したものではない。
損害賠償請求は、工事差止請求と両立しえないものではなく、特に一部の申請人については、工事の縮少によっても日照被害が改善されないため、申請人らにとっては、工事の縮少を要求しながら、一応、損害賠償の要求をしたものである。
二 申請の理由に対する被申請人らの答弁並びに主張
1 答弁
(一) 申請の理由第一、二項は認める。
同第三項の事実中、本件土地が工業地域にあること、申請人の居住関係がその主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。
同第四項の事実中、本件建物がマンションであることは認めるが、その余は争う。
同第五項は争う。
(二) 申請人ら主張のとおり、本件建物の五階部分を削減したとしても、その場合における日影と本件建物を完成した場合の日影とを対比すると、その日影時間等及ぼす影響に大きな変化がみられない。
他方、五階部分を削除することによって受ける被申請人深田金之輔の損失は多大である。
すなわち、被申請人深田金之輔は、賃貸マンションを建設する事により、わが国の住宅難解消の一翼をになう目的で計画したものであり、その建築資金も公的な住宅金融公庫からの融資を得て実行しているものである。ところで、当初計画によると、一戸当り単価が金八一二万円で三八戸を予定していたが、五階を削除すると三二戸となるが、工費の減価額は僅か金一、六三五万円にしかならないので、四戸分金三、三〇〇万円程は、無駄に捨てるという結果となる。それのみならず、低利の公庫融資が減額されるので、その分を銀行融資に仰ぐ他なく、三〇年返済として約金一、八四八万円の金利が増えることになり、更に家賃収入も三〇年間で約金一億五、〇〇〇万円の減収となり、そのための被申請人深田金之輔の受ける損害は収入減の支出増となって資金計画を大幅に狂わせ、前記の計算上の損害以上の損失を被る結果となる。
2 主張
(一) 昭和五五年五月二〇日、本件建物の設計管理を担当している彦谷設計事務所担当職員が、本件被申請人ら訴訟代理人事務所において、同代理人と面談した際、同代理人から本件建物を南にずらせないかということと、五階を削れないかとの申入れを受けた。右設計事務所職員は、右代理人に対し、本件建物の設計図を示したうえ、既に杭を打っているので現実の問題として今から建物を南にずらすことはできないし、五階を削ることは部屋数が減少し、採算面で困難である旨を述べた。その際、同代理人からは進行中の工事を続行する点については了解を得ている。したがって、建物を南にずらすという件についてはずらさないでもよいという了解を得たと考えている。
右のような経過があって、申請人らが、昭和五五年六月一二日、建築確認どおり施工された場合の日影について金銭補償を要求してきたのである以上、日影は甘受し、金銭で解決する旨意思表示をなした訳であるから、本件建物の工事差止請求権はその時点でこれを放棄したものと解すべきである。
(二) 本件仮処分申請は禁反言に反し、権利の濫用として許されない。
その理由は次のとおりである。
(1) 本件申請は、本件建物の五階部分及び東端と西端各七・六メートルをそれぞれ削れというにあるが、前記五月二〇日の時に工事の続行の了解を得ている以上、本件建物の設計図も交付していることでもあり、本件建物の五階を削るか否かの点を除いて四階までは建築することについて同意を与えたもので、今更東端西端各七・六メートルの削除を求めることは正しく禁反言に反し、権利の濫用というべきである。
(2) 日照紛争にかかる住民パワーは、法改正前は専ら行政への圧力として行使されていたが、最近は専ら裁判所へと変ってきている。ここで、裁判所が三権分立の原則に立って適切な処置をしないと、都市には建物の建築が不可能という事態の発生も予想される。
行政は、都市計画に基づいて住民全体のためという見地から画一的統一的に法律に基づいて施策を策定し、かつ行政指導許認可を実施している。しかして、右行政が、住民全体のために適法適正に行使されているか否か、特定の住民の利益にのみ偏重していないかは絶えず、国、議会において国民、住民から選出された議員によって監視されている。
他方、司法は、個々の私益の対立を法に基づいて判断することがその使命であって、行政のように住民全体の立場にたって統一的画一的に処理するという事柄には不適切であるのみならず、国、住民の選出した国民や住民の代表者によって批判されるということも全くなしえない構造となっている。
したがって、司法は、行政にかかる事柄と密接に関連する事項については、抑制的に行使されるべきであって、裁判によって立法するが如きことはあってはならないものというべきであろう。
右の次第であるから法改正によって、日照について立法的に解決された以上、裁判所は、日照被害については工事差止めというが如き行政に介入する判断については極力抑制的であるべきであって、本来私的紛争の解決として金銭的解決を主とすべきであると信ずる。
被申請人らは、従来の裁判例を上廻る補償を提示して誠意を示しているにもかかわらず、申請人らは理由にもならない迷惑料なるものを請求し、総額金一、五〇〇万円を固執したものである。
以上の経過からみて、申請人らの本件申請は権利の濫用でもあり、禁反言に反し、法益均衡からみても到底許されるべきではない。
第三当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実と本件疎明資料によれば、次の事実が疎明される。
1 被申請人深田は、電気工事等を業とする株式会社深田商会の代表者であって、本件土地の北側に居宅を構え、本件土地の西側には三階建の右会社の社屋と倉庫が存在すること、被申請人かねわ工務店は、建物の建築等を業とする株式会社であり、本件建物の建築を請負い、この工事を担当していること、申請人らは、それぞれその主張のような建物を所有して本件土地の北側に居住し、その位置関係は、別紙図面(四)記載のとおりであること、本件土地は、大正年間から被申請人深田の先代が所有し、農地として耕作してきたが、昭和四三年ごろ、その一部に右のとおり株式会社深田商会の社屋を建築し、さらに同五二年これを宅地化して放置していたところ、その空地に建築廃棄物等のごみ捨場と化したこともあって(大型トラック一五台分のごみが放置されていた。)、これの有効利用を考え、電子機器の製造工場、印刷工場等も対象とされたが、同五四年末ごろ、賃貸マンションを建築することにしたこと、
2 被申請人深田が本件土地上に建築予定の本件建物は、五階建(一部建物西端から東へ七・六メートルの部分が四階建)、高さ一四・二五メートル(四階建の高さ一一・六メートル)、東西の長さ六〇・八メートル、南北の建物本件の幅八・七メートル、屋上の庇部分南北にそれぞれ一・八メートル(ただし、後記のとおり、本件仮処分申請がなされ、日照紛争が表面化したため、被申請人側で、右北側の屋上庇部分一・八メートルを設置しないことにした。以下この部分を本件庇部分という。)、建築面積六三八・二四平方メートル建ぺい率三六・八パーセント、容積率一四六・五一パーセントの共同住宅であって、現在、五階部分を除いて四階部分までの建物本件のコンクリート打ち工事が進行中であること、
3 本件土地及び申請人ら居住地は、京福電鉄嵐山線蚕の社駅(以下、蚕の社という。)南方に位置し、本件土地から同駅まで直線にして約八〇メートル程度であり、本件土地東側端から直線で約三十数メートルの地点に、交通量の極めて多い三条通りが北西から南東方向に通っていること、また、本件土地の西側端(ただし、公道からの進入路部分を除いた長方形の土地部分の西側)から西へ約三〇メートルの地点で南北に走る四メートル道路の中心から東側が工業地域に指定されていること、蚕の社駅付近は商店も多く、同駅付近と本件土地の間一帯も工業地域に指定され、その地区内に四階建建物が三棟、本件土地に南接して四階建のアパートが一棟、本件土地西側に三階建の株式会社深田商会の社屋が存在しているが、その他は、一、二階の木造住宅が大部分を占めていること、しかし、右のとおり、本件土地周辺は交通の便もよく、将来の発展の可能性があること、
4 本件土地は、前認定のとおり、かつては農地として耕作され、昭和五二年以降は宅地化されたが、更地のままになっていたため、申請人らは、本件外建物による日影を除いては、居宅南側開口部において十分な日照を享受していたこと、しかし、本件建物とこれに最も近接している申請人江村、同村上及び同金ら所有建物との間は、約六・二メートルないし六・八メートルであり、その他の申請人ら居宅も本件建物に近接しているといえるので前記規模の本件建物が完成すると、冬至における午前八時から午後四時までの間、申請人らに対し、次のとおりの日影を与えることになること(各地点番号は、別紙図面(四)表示の番号地点の開口部を示し、同地点における一階は地上一・五メートル、二階は四メートルの地点である。以下、番号は同地点を表わす。なお、本件建物の北側で、申請人江村居宅東側に隣接する本件外建物による日影も発生しているので、これによる日影を本件外建物による日影として表示する。)、
(イ) 申請人山田
1点一階で午前八時から同八時四五分まで、二階で同八時から同八時二〇分まで、2点一階で同八時から同一〇時三〇分までそれぞれ日影となる。
(ロ) 申請人金
3ないし5点で、ほぼ終日日影となる。
(ハ) 申請人村上
6点、14点及び15点で終日日影となる。
16点では、本件外建物により、二階で午前八時から同九時四〇分まで、一階で同八時より同一〇時まで日影が生じ、本件建物による日影は午前一〇時から午後四時までとなる。
(ニ) 申請人山口
7点二階において、本件外建物により午前八時から同一五分まで、本件建物によって午前九時五分から午後四時までそれぞれ日影となる。
8点二階において、本件外建物により午前八時から同一〇時一五分まで、本件建物によって同一〇時三五分から同一一時まで、同一二時四〇分から午後四時までそれぞれ日影となる。
(ホ) 申請人中川
9点二階において、本件外建物により午前八時から同二〇分まで、本件建物により午後二時三〇分から午後四時までそれぞれ日影となる。
10点二階において、本件外建物により午前八時から同九時一〇分まで、本件建物により午後一時四五分から同四時までそれぞれ日影となる。
(ヘ) 申請人池永
11、12点では終日日影となるが、13点二階では午前八時二五分から同一〇時まで、午後一時五〇分から同四時まで、同一階では午前八時二五分から午後四時までがそれぞれ日影となる。
(ト) 申請人江村
17点一、二階において、午前八時五〇分から午後四時まで日影となる。
一方、夏至においては、申請人ら建物には、本件建物による日影は生じないし、春分において、申請人村上方の6点及び江村方の17点付近で、午前九時四〇分ごろから同一〇時三〇分まで、午後一時から同四時までいずれも各建物の南側の僅かな部分に日影を生じるが、それ以外の建物の大部分は日照被害はなく、秋分において、申請人金方の5点付近で午後二時から同二時二〇分まで、同村上及び同江村方の右二点付近では、午後一時から午後四時まで建物の南側の僅かな部分に日影が生じるにすぎず、その余の部分については日照を享受でき、それ以外の申請人らについては、春秋分において本件建物による日影は発生しないこと、
5 申請人ら主張どおり本件建物の設計変更した場合の冬至における午前八時から午後四時までの日影と本件建物による前記同時期における日影とを比較すると、次のようになること、
(イ) 申請人山田
1点では日影を生じないことになるが(四五分の日照の回復)、2点において、午前八時から同九時一〇分までの日影となる(約五〇分の日照の回復)。
(ロ) 申請人金
3ないし5点において全く変りがない。
(ハ) 申請人村上
6点において午前八時から同九時ごろまで(一時間の日照の回復)、14点において午前八時から同八時四〇分まで(四〇分の日照の回復)、15点において午前八時から同九時三〇分ごろまで(一時間三〇分の日照の回復)日照が得られ、それ以外は日影となる。16点では午後一時四〇分ごろから午後四時まで日影となる(二時間四〇分の日照の回復)。
(ニ) 申請人山口
7及び8点で午後二時五〇分から午後四時まで日影が生じる(7点で五時間四五分、8点で二時間三五分の日照の回復)。
(ホ) 申請人中川
9点で午後三時一〇分ごろから同四時まで(四〇分の日照の回復)、10点で午後三時五分ごろから午後四時まで(一時間二〇分の日照の回復)それぞれ日影となる。
(ヘ) 申請人池永
11点では午後三時四〇分から二〇分間日照の回復が見られる程度で、12点ではほとんど変りがない。
(ト) 申請人江村
17点において午前一二時から午後四時まで日影となる(三時間一〇分の日照の回復)。
6 被申請人深田は、前記のとおり、本件建物の建築を予定し、本年に入って、近隣の人にその旨を伝え、その了解を得ようと努力し、その結果、本件申請人らを除くその余の人々からは一応の了承を得たが、申請人らは、本件建物による日照被害その他の点から三階建以上の建築に反対したこと、そこで、被申請人らは、昭和五五年五月六日、本件申請人ら訴訟代理人事務所において、申請人らに対し、右建築計画を詳細に説明し、次いで、同月二〇日、同事務所において、本件建物の日影図によって、日照被害の状況を説明したこと、この間、被申請人らは同年四月一八日から工事に着工し、現在に至っていること、これより先、申請人らは、被申請人深田から本件建物の建築について話を聞いた後、同年四月中旬ごろ、青写真による建物概況の説明を受けた折、同被申請人に三階建の建物にするよう要求したが、拒否され、単に、本件建物を五〇ないし七〇センチ南側にずらすことを検討するとの返答を得たにすぎなかったこと、そのころ、右当事者間で数回にわたって交渉が持たれたが、その進捗が見られず、同月二二日ごろ、申請人らは、前記代理人に事件を委任し、仮処分で対処することをも確認していたこと、そして、前記のような経緯を経て再三交渉を進めたが妥結に至らず、申請人らは、被申請人深田に対し昭和五五年六月一二日付内容証明郵便をもって、総額金七六八二万円に及ぶ日影被害による損害賠償を請求したこと、しかし、右文面が、損害賠償請求を前面に出したもので、明確に工事差止請求の意思を記載しないばかりか、「尚、右は、全損害を金銭にて補償する場合を想定したものであり、例えば、かねて貴殿が主張された建築場所一メートル移動に加えて階数の削除等設計の変更により被害回復が図られる場合には、右金額の変更も可能となります。」との記載をしたため、被申請人深田らは、申請人らが本件工事差止の請求を放棄し損害賠償のみを求める意思である旨考えるに至ったこと、本件仮処分申請がなされた当時(昭和五五年八月一三日)、被申請人らは、既に基礎工事を終り、一、二階部分の工事にかかっていたため、申請人らの主張のうち、本件建物の東西両端部を削減する設計変更が困難となっていたばかりか、本件建物の総工費が金二億八、五〇〇万円(うち住宅金融公庫融資金二億五、七〇〇万円)であるところ、四階建にした場合、工事費は金一、六三五万円の減額に止まるのに対し、低利の右公庫資金の融資が著しく減額され、これによる銀行融資による金利負担、家賃収入減等は約三〇年間にわたって年間約金五五一万二、三〇〇円(総額約金一億六、五三七万円)の損失となり、採算上、工事の続行も難しい状況にあること、被申請人側は、これらの事情から、本件建物の階数、東西両端の短縮等減室には応じられないが、少しでも申請人らの日照が得られるようにと、本件北側庇部分の工事をやめることにしたこと、
以上の事実が疎明される。
二 以上の疎明に基づいて本件差止請求について判断する。
1 本件土地周辺は、工業地域であって、建築基準法五六条の二の規制対象地区外であり、また、京都市中高層建築物に関する指導要綱では、商業地域、工業地域について、高さが一七メートルを超える建物または高さが一〇メートルを超える建築物で、第一種住居専用地域若しくは第二種住居専用地域、住居地域、近隣商業地域、準工業地域に冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までに日影(平均地盤面から四メートルの高さの水平面で測定したもの)を生じさせるものについては日照確保のための基準を設けているが、工業地域におけるそれ以外の建物について何らの規制がなされていないので、前記疎明事実からすると、本件建物は、右指導要綱の規制にも当らないことになる。
ところで、右のような規制は、行政の見地から用途地域毎に日照確保の基準を設け、当該地域内の土地利用者とこれによって生ずる日影被害を受ける地域住民との利害を調整し、市街地の発展を図るために制定されたものであるが、他面では、用途地域毎にある程度の日影被害を受忍すべきその範囲を定めたものということもできよう。しかし、右規制は、行政の側面からする一応の社会的規準として画一的に定められたものであり、右日影規制に適合すれば、それだけで私法上の工事差止あるいは損害賠償の責任追求を免れるに十分ということはできないであろうし、かかる観点からすれば、対象建物が規制対象地域外にあり、かつ規制適用外の建物であっても、そのことだけで当該建物によって生ずる日影被害の被害者において全てこれを甘受すべきものとすることは許されず、その受忍限度内か否かは個別的具体的事情を総合して判断すべきこととなるが、当該建物が規制対象外であることは、右受忍限度の判断にあたって一つの重要な判断基準となると解するのが相当である。
2 そこで、これを本件についてみるに、本件建物は日影規制の対象外の建物であるところ、前記疎明事実によれば、工業地域である本件土地周辺には、既に、四階建建築物も散見され、地域的に交通の便もよく、土地の高度利用の可能性があり今後は中高層建物が増加する傾向が見られること、春分、夏至、秋分において、申請人らは、ほぼ完全に日照を享受できること、申請人ら主張のとおりに本件建物の設計変更が行われたとしても、申請人らの一部について、本件建物が完成した場合より日照時間の増加が見られるが、その増加を個別的にみると、本件建物による日影被害の大きい申請人金、同村上及び同池永らについてほとんど改善がみられず、本件建物による日影被害の比較的少ない、その余の申請人らについて約四〇分間から最大五時間四五分にわたって日照回復がみられる程度であること、また、本件建物が、申請人ら主張のとおりに設計変更されると、本件工事費のうち、住宅金融公庫融資分が削減され、新たな借入と金利負担、戸数減による大巾な収入減によって採算がとれなくなることから、工事の続行が困難になること、申請人らの建物は、互に密着して建てられており、別紙図面(四)記載のような配置関係からみて、本件建物による通風被害もさほど大きいものとも思われないことが明らかであって、これらの事実を併せ考えると、申請人ら主張のような日影、通風の被害を考慮してみても、申請人らの被る右被害の程度は、本件建物の五階部分及び東西部分の工事差止を許容しなければならない程著しく受忍限度を超えていると認めることはできない。
なお、申請人らは、日照被害の一つとして、庭木の被害をいうが、これらは、本来生活上の被害とは別個の問題であるし、年間を通した日照をみれば、庭木にとって最少限必要な日照も確保されているともいえることであって、これを右差止の根拠とすることはできない。
また、申請人池永は、営業上、日照、通風の必要性を強調するが、後者については、本件建物によって著しい阻害の考えられないのは前記のとおりであるし、前者については、同申請人の業とする反物の染色業にあっては、経験則上、その乾燥にあたって直射日光は避けるべき性質のものであることが明らかであるから、営業に必要な日照確保のために本件建物の工事の差止を認めなければならない程その被害が大きいとは解しえないところである。
三 以上のとおり、申請人らの本件申請は、いずれもその被保全権利が認められないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 田畑豊)
<以下省略>